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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)2610号 判決

原告 国

補助参加人 青野勘一

被告 株式会社千代田銀行

一、主  文

被告は原告に対し、金一千万円及びこれに対する昭和二十四年五月十四日以降昭和二十五年五月三十一日までは年三分八厘の割合、同年六月一日以降右完済に至る迄は年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告及び補助参加人の訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一千万円及びこれに対する昭和二十四年五月十四日以降同年八月十四日迄は年三分八厘、同年八月十五日以降右完済に至る迄は年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決並に担保を供しないで、又は(若しも右無担保が不相当ならば)担保を供して仮執行をなし得る旨の宣言を求めると申立て、その請求の原因として、

「原告の前主訴外価格調整公団(以下単に公団と略称する)は昭和二十四年五月十四日補助参加人青野勘一を使者として、大阪銀行東京支店振出に係る金額一千万円、支払人日本銀行なる小切手一通を以て金一千万円を被告株式会社千代田銀行の荻窪支店に預入期間三ケ月、利息年三分八厘の定めの特別定期預金(通称無記名定期預金)として預入れ、同時に青野を介して被告から右預金の預金証書(荻窪支店長八木松之助の作成に係る特別参第八十六号特別定期預金証書)の交付を受け、右小切手金はその後事故なく支払われた。かくして公団はその預金の預金者であり、又右預金証書及び右預金につき被告の荻窪支店に届出でられた印章の所持人であつたので、昭和二十四年八月十五日被告に対し右預金証書と届出印章とによつてその預金の元利金の支払を求めたが被告は之が支払をしない。よつて被告は公団に対し本件預金一千万円とこれに対する預入の日である昭和二十四年五月十四日以降支払請求の前日である同年八月十四日までの年三分八厘の約定利息並に支払請求日である同年八月十五日以降完済に至る迄商法所定の年六分の遅延損害金を支払うべきものであつたところ、公団はその後解散し清算中であつたが、昭和二十六年十二月十六日附を以て公団の上叙債権につき昭和二十六年政令第八十八号価格調整公団解散令(昭和二十六年政令第二百八十号を以て一部改正)第十二条第二項による大蔵大臣の承認があり右債権は原告国に帰属するに至つたので、原告は被告に対し前示金員の支払を求めるものである。」と述べ、

被告の答弁に対し、

「本件預金の預入行為は現実には青野に於てこれをなし、その際青野が被告に対し公団の名を示さず青野と刻んだ印章を荻窪支店に届出でて居ることは認めるが、本件特別定期預金証書には預金者の氏名は表示されて居らず、此の点に於て指名債権と異り、又取扱金融機関は特別定期預金証書と届出印章とを以てその預金の払戻を求めた者に対しては、当該預金の支払を拒み得ないものであつて、特別定期預金債権は一種の無記名債権と言うべく、被告は本件預金証書の所持人である公団に対し本件預金元利金の支払を拒み得ないものなのである。

仮に右の如く無記名債権と目すべきものではなく、預金債権者は預金者に特定されているものとしても現実に預金預入行為に当つた者がその預金者であるとは限らないから、青野が小切手を荻窪支店に持参し、本件預金の預入行為をなしたからと言つて直ちに青野が本件預金の預金者であるときめることはできない。本件預金は公団の経理部長であつた訴外土手守吉が公団の有する小切手を青野に交付し、これを無記名預金(預金証書上に公団の名を表示しない預金)として預入れることを依頼し、青野はその依頼に従つて本件預金をなしたものであつて本件預金の預金者は公団であつた。

処で特別定期預金の制度は通称無記名定期預金と言い、預金者の氏名はその取扱金融機関に対しても又徴税機関その他の第三者に対しても全く秘匿されるものであつて、荻窪支店に於ける預金受入元簿にも本件預金の預金者氏名が記載されて居らず単に届出印章が押捺されて居るに過ぎないのである。従つて青野が本件預金預入に際り、本件預金の預金者が公団である旨を表示しなかつたことは当然のことで、右不告知の事実は公団が青野を使者として預金預入をなした場合、本件預金の預金者が公団であるとするにつき妨げとなるものではない。

更に特別定期預金の預金者は預金するに際してその印章を取扱金融機関に届出でることになつては居るが、その届出印章は字画不明のものでも差支えなく、現に本件預金に於ても預入に際しては青野と刻んだ印章を使用したが、その後該印章が字画不明の三文判に改印された時に、その改印届を受けた荻窪支店長は何等の異議をも述べずこれを受理して居るのである。従つて届出印章の刻字がたまたま判読できるものであつても、その刻字そのものによつて預金者を特定することはできないのであつて、青野が本件預金の預入行為をなすに際し、青野と刻んだ印章が届出印章として使用されたからと言つて、青野が本件預金の預金者であると速断することは誤りである。青野は使者として本件預金預入手続をなし終えた後、直ちに右青野と刻んだ届出印章と本件預金証書とを土手守吉に交付し、公団に於て爾後その両者を所持し来たり、前述改印後は、その改められた印章を所持して居るのであつて、公団こそ本件預金の預金者であつた。

又補助参加人青野勘一が本件預金債権を、訴外ハタノ株式会社の被告に対する金一千万円の債務の担保に供することを承諾したとの事実は否認する。本件預金の預金者ではない青野が右の如き承諾をなしたとしても公団には何等の効果も及ばないのではあるが、かかる事実は全く存在しない。又被告の主張する担保権が権利質であると言うにあるとすれば本件預金証書の交付によつて質権設定の効力を生ずべきところ青野は本件預金預入後その証書を被告に交付したことはなく、公団に於てこれを保管して居たものであるから、此の点からしても被告主張の担保権は成立して居ない。

又本件預金は被告主張の如き特定金銭信託ではない。」と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、

「原告及び補助参加人主張の請求原因事実中、昭和二十四年五月十四日補助参加人青野勘一が原告等主張の小切手を持参し、金一千万円を被告の荻窪支店に特別定期預金として預入れたこと、右小切手金がその後事故なく支払われたこと、公団がすでに解散し清算中であつたが、原告主張の本件係争債権について昭和二十六年政令第八十八号価格調整公団解散令(昭和二十六年政令第二百八十号を以て一部改正)第十二条第二項に定められて居る大蔵大臣の承認が昭和二十六年十二月十六日附であつたことは認めるがその余の事実は否認する。」と述べ、

更に、「本件預金の預入は青野が原告等主張の小切手を持参し、青野と刻んだ印章を届出でてこれをなしたものであるが、その際青野は明示的にも黙示的にも本件預金の預金者が公団である旨を表示したことはなく、荻窪支店長八木松之助も青野が本件預金の預金者であると信じこれに対して預金証書を発行、交付したのであつて、社会通念よりしても青野が本件預金の預金者であると認むべきである。

特別定期預金の制度は預金の奨励と徴税との矛盾を調整するために立案されたものであつて、その本質は普通の定期預金と異らず(本件特別定期預金の譲渡質入が特約で禁止されて居るのもその一証左である)、唯預金者が何人であるかと言うことが徴税機関その他の第三者に対する関係に於て秘匿されるのみであつて、取扱金融機関に対する関係では預金者は特定して居る。それ故特別定期預金の預金者は預金預入の際、取扱金融機関にその印章を届出でることとなつて居るのである。本件預金に於ては青野が本件預金預入の際、青野と刻んだ青野所有の印章を届出でて居るのであつて、その印章の所有者であり且その印章に表示されて居る青野が本件預金の預金者であると言う外はない。届出印章の字画が何人を表示するか不明の場合もあり得るが、その場合は、届出印章による預金者の特定が事実上困難である場合に過ぎず、普通預金に於ても預金者が偽名虚無人名を用いた場合にも起り得ることであつて、究極に於て、届出印章により預金者が特定されるものであることにはかわりがない。元来公団は内規によりその預金を無記名の預金とすることを禁ぜられて居たので青野に本件預金をなさしめて右内規を潜脱して居たものなのである。

しかも本件預金の預金者である青野は昭和二十四年五月十四日被告の荻窪支店長八木松之助に対し、訴外ハタノ株式会社の被告に対する、同年五月十四日ハタノ株式会社振出に係る金額一千万円、満期同年八月十三日、振出地、支払地共東京都杉並区、支払場所被告の荻窪支店、受取人被告なる約束手形債務金一千万円の担保として本件預金債権を提供することを承諾し、ハタノ株式会社が満期日に右約束手形金の支払をしない時は本件預金の期限到来以前でも被告において本件預金の元利金払戻処分をなし右元利金を以つてハタノ株式会社の右債務の弁済に充てるも異議がないことを約したのである。然る処ハタノ株式会社は右満期日に右約束手形金の支払をなさなかつたので、八木松之助は同年八月十五日本件預金につき払戻処分をなし、その元利金をハタノ株式会社の右約束手形金債務の弁済に充当し、その旨青野に対し同年八月十七日到達の書面で通知してある。されば本件預金債権は既に消滅して居るのである。なお前述主張の担保権が権利質であると認められるにしても、被告は担保権設定契約成立の時に青野より本件預金の預金証書の交付を受けたのであつて、右質権は有効に成立した。その後に於て被告が預金証書の占有を失つても既に成立した質権がその効力を失うものではないこと勿論であつて、前述の如く本件預金債権は既に消滅して居るのである。

仮に前述の担保権の実行による本件預金債権消滅の主張が容れられないとしても、青野が本件預金を被告の荻窪支店に預入れたのは、その預金を同支店を介してハタノ株式会社に貸付け、その代償としてハタノ株式会社より俗に裏日歩又は裏金利と称する貸付金に対する月七分の割合による貸付期間三ケ月分に相当する金二百十万円の謝礼金を得る目的の下になしたことであつて、右預入は、ハタノ株式会社への貸付により同会社から巨額の裏日歩を得ようとする目的に対し、手段行為たるにすぎなかつたと認めることができる。かかる場合、その預金は、預金と言うよりもむしろ「運用方法を特定した金銭信託(所謂特定金銭信託)」の性質を有するものであるから、受託者がその特定された運用方法に従つてその受託金員を運用する以上、受託者がその元本に損失あるもその補填の責を負わないと同様に、預金の受寄者がその預金を特定された第三者に貸付けた場合には、第三者より貸付金の返済なき限り受寄者はその預金払戻の責に任じないものである処、被告は青野との話合に基き本件預金をハタノ株式会社に貸付け、青野は同会社より金二百十万円の裏日歩を取得したがハタノ株式会社は今日に至るまで右貸付金を返済しないから被告は本件預金払戻の責はないものである。

以上の如く原告主張の本件特別定期預金の預金者は価格調整公団ではなく青野であるのみならず青野についても担保権の実行によりその預金債権は消滅に帰して居るのであるから、原告に於て右の預金債権を取得する理なく、従つて被告に於て右預金払戻に応ずることはできない。」と述べた。<立証省略>

三、理  由

補助参加人青野が昭和二十四年五月十四日大阪銀行東京支店振出に係る金額一千万円、支払人日本銀行なる小切手一通を以て金一千万円を被告銀行荻窪支店に預入期間三ケ月、利息年三分八厘の定めの特別定期預金として預入れ、その際青野と刻んだ印章を荻窪支店に届出でたこと、青野が右預入行為をなすに際り右預金の預金者が公団である旨を一度も表示しなかつたこと、及び右小切手金がその後事故なく支払われたことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一号証、原本の存在並に成立に争のない甲第九号証及び成立に争のない乙第八号証の三、四を綜合すると、特別定期預金の制度は貯蓄増強の一施策として、預金と徴税との矛盾を調整するために立案されたものであり、その調整の方法として特別定期預金の預金者の氏名はこれを秘匿するものとし、その関係上預金者は預け先金融機関に対しその氏名を告知する必要なきものとされて居り、ただその預金たる性質を失わしめず且預金者に於て預金証書の遺失、盗難等の事故ある場合に、その預金者の保護を図るため、預金者は預金預入に際り、印章を取扱金融機関に届出でるものと定められ、取扱金融機関は預金者に対し各店舗の責任者の署名捺印した預金者の表示のない所謂無記名の預金証書を発行し、その預金証書と印章とを以て当該預金の払戻を求めて来た者がある場合その印章と届出印章とが同一であると認められるときにのみ、当該預金元利金の払戻をなすものとされ、又本件特別定期預金に於ては特約によつてその預金証書の譲渡質入が禁じられて居り且被告が本件預金の預金証書と届出印章とを以て預金の払戻を請求する者に対し、預金の払戻をなした時は、その証書届出印章の遺失、盗難等の危険は被告に於て負担しないことになつて居り以上の各条項は恰も保険契約における普通保険契約約款の如く予め一定されていて預金者はこの種の預金をなすときは、右条項を包括的に承諾してなすの外はないもので、所謂附合契約の方式による預金制度であることが認められる。成立に争のない乙第一号証の一、二によれば、荻窪支店に於て本件預金を受入れるについて、帳簿上に預金者の氏名を表示せず、印章の押捺があるにすぎないことが認められるのであるが、このことは前認定の、預金者は預け先金融機関にその氏名を告知する必要のない事実と相応ずるものである。

右認定の如く、本件特別定期預金の制度は、「預金たる性質を失わ」ないものとされ、又「預金者は預金預入に際り印章を取扱金融機関に届出でる」ことになつて居り、更に特約によつてではあるが「預金証書の譲渡、質入は禁じ」られて居るのであつて、これ等の事実を本件預金の払戻を受けるには預金証書と届出印章とが必要である事実とを考え併せると、本件預金の預金者は特定して居るものと見る外なく、従つて本件特別定期預金債権が証書に化体した無記名債権であると認めることはできない。本件特別定期預金は普通の指名債権のように氏名を以てその債権者を特定することをせず、之とは別個の方法により特定するにすぎず、債権者の氏名を表示しない一種の指名債権(匿名債権と称すべきか)と見るべきものなのである。

それでは本件預金の預金者は何人であるか。被告は青野が現実に小切手を持参して本件預金の預入行為をなし、印章届出行為もなしたのであるから、青野がその預金者であると主張する。けれども普通預金(預金者の氏名を金融機関に告知するもの)に於てすら預金者以外の者(預金者の使者又は代理人)が直接預金者本人の名に於て預金預入をなす事例の存することは公知の事実であり、然も本件特別定期預金は普通預金と異り、金融機関に対して預金者の氏名を告知する必要はないのであるから、青野が公団の使者であることを被告に対して表示しなかつたから青野は公団の使者として行為したものではないと速断することはできないのである。従つて又青野が本件預金の預入行為をなした以上、その預金者は青野であつて公団ではないと断ずることもできない。以上説示した処は印章の届出行為についても同様に妥当し、届出行為者は必ずしも真実の届出者と限らないから、此の点で預金者を特定することはできないのである。

次に被告は本件預金預入に際り荻窪支店に届出でられた印章が青野所有の青野と刻んだ印章であつたから、本件預金の預金者は原告ではなくて青野であると言う。前述の如く本件特別定期預金に於ては、預金者は預金預入に際り取扱金融機関に印章を届出でることになつてはいるが、その氏名はこれを知らしめる必要がないのであるから、届出印章としてはその表示自体が預金者の氏名又はこれに代るべき称号等を表示するものである必要はなく、従つてその印章は字画不明のものはもとより、第三者の氏名を刻した有合せの印章でも差支えないことは明らかである。証人青野勘一の証言並に成立に争のない乙第一号証の三によると、本件預金に於ても預入に際つて届出でられた青野と刻んだ印章は、その後字画不明の三文判に改印されて居ることが認められるが、この事実も前述の処に対応するものである。被告は右の場合は単に事実上預金者の特定に困難がある場合にすぎないと主張する。然し届出印章の表示自体が預金者の氏名を表示するものでなければならぬと言うのであれば、預金者の氏名を告知する必要なしと言う特別定期預金の制度と背馳することになる。既に届出印章が預金者の氏名を表示しないものでも差支えない以上、印章の表示自体(刻字その他の記号)と預金者の氏名その他の標識とが一致する場合が多いとしても、特別定期預金の制度としては印章の表示自体によつて預金者を特定することはできないのである。届出でられた印章の表示自体は預金者特定の作用を営むのではなくて、預金払戻等の場合にその使用印章との同一性の判断に於て匿名の預金当事者(預金者並に預金受入者)の保護と言う作用を営むものであるから、青野と刻した印章が届出でられたとの故を以て預金者は青野であり原告ではないと断ずることはできないのである。

然らば本件特別定期預金の制度に於て、その預金者は何人であるか、この点について先ず注目されるのは本件特別定期預金の預金者は当該預金預入に際り、印章を届出でることとなつて居る事実である。而して金融機関は預金証書と当該届出印章とを以て預金払戻を請求する者に対してその預金の払戻をなすのであるから、右印章の届出とは爾後当該預金の一切の処分(払戻を受けることもその一例である)につき、使用せらるべき印章を特定し、その旨を取扱金融機関に対して表示することである。そして当該印章を以てのみ当該預金を処分し得るものなることを決定し得る者は、当然当該預金を支配し、処分し得べき者である。当該預金をなすに際り、その預金を当然支配し、処分し得べき者とは、当該預金を自己の預金とする意思を以て金員の預入をなしたもの以外にはあり得ない。従つて本件特別定期預金の預金者とは、実体的にこれを規定すれば「当該預金を自己の預金とする意思を以て金員の預入をなしたもの」となり、形態的にこれを規定すれば「当該預金預入に際り取扱金融機関に届出でられた印章を、当該預金に関する限り実質上支配し得るもの」となる。勿論事実上の預入行為、印章届出行為は預金者本人がなすとは限らず、行為者は預金者の使者又は代理人たる場合があり得べく、従つて何人が届出でられた印章の正当な支配者であるかは金融機関にとつては必ずしも明確ではない場合が多々あるであろうがこのことは、この制度が元来一面に於て貯蓄の奨励と言う合理的目的があるにせよ、他面貯蓄増強と言う目的追及に急なる余り、租税負担の実質的公平の理念を離れ徴税免脱の目的による預金者氏名の秘匿を狙つた施策である結果上避けることのできないものであるが金融機関としては預金払戻等のため必要があれば払戻請求者が届出印章の正当な支配者であるか否かを調査する権利はあるであろうし、又仮に正当な支配者でないものにその事実を知らないで預金を払戻したとしても、届出印章を以てする払戻請求者に支払つた以上は既述の特別定期預金の制度上その支払は有効とされる(尤も右事実を知り得べかりし場合換言すれば善意につき過失ある場合は、弁済の効が生じないと解すべきであろう。)ので不都合はない。従つて届出印章の正当な支配者が金融機関にとつて必ずしも明らかでないとしても上叙の預金者についての判定を左右し得るものではない。

以上の観点から本件預金の預金者が何人であるかを見るに、証人土手守吉、青野勘一の各証言を綜合すると、公団は、その予算外に職員等に年末突破資金を給与したので、その預金に会計上欠損を生ずるに至り、公団の理事兼経理部長であつた土手守吉は、その欠損の補填方を予て知合の参加人青野勘一にはかつた処、青野は公団の資金を銀行に預金すれば裏日歩が貰える旨献策したので、土手守吉は青野の右献策に従うこととし、公団所持に係る前記小切手を青野に交付し、これを無記名預金(預金者として公団の名を表示しないもの)することを依頼し、青野はその依頼に従つて本件預金を預入れたものであるが、元来裏日歩と云うものは銀行の資金貸出制限に胚胎するもので、銀行に資金を預入れた者は右預入に対する謝礼乃至報酬として、預金預入の結果銀行が貸出資金の予猶を得たために銀行から資金貸出を受けることができた者から、預金額に対する利率を以て算出する金員を貰うものであり、あまり賞讃すべきことでもないところから、土手守吉は無記名定期預金として公団の名を秘匿すると共に公団備付の印章を右預金に使用することを欲しないで、青野が平生使用しない印章があつたのでそれを公団の有合印として使用することに青野の同意を得た結果、青野が本件預金預入に際り、青野と刻んだ上叙印章を公団のために有合印として届出でたものであり、青野は本件預金預入直後その届出印章を、その預金証書と共に土手守吉に交付し、公団に於てこれらを保管して来たところ、その後国税庁に於て徴税のため預金調査をすると言う噂が立つたので、土手守吉は本件預金が青野の預金と誤認され、同人に累を及ぼすことを虞れて、青野を介してすでに認定した字画不明の三文判に改印届をし、被告の承認を得たことが認められる。右事実よりすれば、本件預金を自己の預金とする意思を有して居たものは公団であり、本件預金の届出印章と証書との実質上の正当な支配者も公団であつて青野ではなかつたと認められるので、本件預金の預金者は原告であると断ずる外はない。成立に争のない甲第五号証の一には「拙者(青野を指す)の特別参第八十六号表示無記名定期預金一千万円也云々」の記載があるが、成立に争のない甲第四号証の二と証人青野勘一の証言とを綜合すると、右文言は甲第四号証の二に対する回答に用いられたものであり、被告銀行の荻窪支店長八木松之助が本件預金を青野の預金と表示したのを承けて、これに対する回答のため同一預金を指称する趣旨で「青野が預入行為をした預金」と言う程度の意味で用ひられた表示にすぎないとも認められるので、右甲第五号証の一だけでは前示認定を覆えすに足りないし、その他前記認定を左右するに足る証拠はないので本件預金の預金者は公団であつたと言う外はない。

なお被告は、公団はその内規によりその預金を無記名預金とすることを禁じられて居たので右内規を潜脱するために本件預金を青野の預金として居たものであると主張するが、その様な内規は無記名預金を不能ならしめ、その内規に違反する預金行為を無効とする趣旨のものか又は単に内規違反者に何等かの責任を公団に対し負担させるにとどまる趣旨のものか、右主張だけでは不明確であるのみならず、右内規の存在もこれを認めるに足りる証拠はないので、右内規を云為して本件預金の預金者が青野であつて公団ではないと言う被告の主張も顧慮するに由ないものである。

更に被告は本件預金の預金者は青野であり、その青野が本件預金債権をハタノ株式会社が被告に対して負担して居る債務の担保として被告に提供することを承諾した旨主張する。けれども前説示の如く本件預金の預金者は公団であつて青野ではないから、被告の右担保権の主張は、そのままでは仮令青野が被告主張の様な承諾をして居たとしても何等理由のないものではあるが、若し青野が被告主張の様な承諾を与えて居るならば、場合により債権の準占有者の処分として或いは表見代理人の処分として問題となりうることが考えられるので右承諾の有無について考える。

証人八木松之助の証言並に同証言によつてその成立の認められる乙第七号証中には、右被告の主張に相応する様な供述及び記載があるが、証人八木松之助の供述中此の点に関する部分は的確な証拠とは言えず、乙第七号証の記載内容は、証人鐙谷忠吉の証言並に同証言によりその成立の認められる甲第六号証と比照して信用することができず、又青野名下の印影の真正なことについて当事者間に争のない乙第三号証の二、第五号証並に青野なる印影が真正なものであることについて当事者間に争のない乙第九号証は、その成立の真正なることにつき反証がない限り一応推定は受けるわけであるが、甲第六、八号証と証人鐙谷忠吉、青野勘一の各証言とを綜合すると、右乙号証に青野の印を押捺したのは青野でなくて鐙谷であり、然も鐙谷は青野の同意も得ないで押捺したもので、右乙号証が真正に成立したものではないことが認められるので、右乙号証は証拠として採用することができない。又乙第十号証は仮に真正に成立したとしても被告主張の承諾の事実を認める証拠としては足りないものであり、乙第六号証も証人野長瀬七郎の証言によると、その成立は真正であると認められるが同時に同証言によればその日附は真正の作成日ではなく、且その記載内容は野長瀬が八木松之助の求めるままに書いたものであつて野長瀬はその記載の預金証書を預つたことがなく、従つてその記載内容は虚偽のものであることが認められる。しかも他に青野が本件預金債権を他の債務の担保とすることを承諾して居たことを認め得る何等の証拠もない。尤も証人野長瀬七郎、青野勘一の各証言を綜合すると、青野はハタノ株式会社より所謂裏日歩として金二百十万円を受領して居ることが認められるけれども証人小川興峯こと小川平之助の証言によると、預金者が当該預金預入の結果銀行から資金の貸与を受けることができた借主から裏日歩を取得した場合でも、預金者は必ずしも当該預金の貸出について当該預金を担保に供与するものとは限らないことが認められるので、右裏日歩取得の一事のみでは青野の担保供与承諾の事実を認めることができないのである。して見れば、青野が本件預金を担保とすることを承諾したとの事実の存在を前提とする被告の主張はその主張の担保権が質権であると否とを問わず又その内容が如何なるものであるとを問わず、これを排斥せざるを得ない。

被告は又本件預金は「運用方法を特定せる金銭信託」とその性質を同じくすると主張するので、この点について考える。証人小川興峯こと小川平之助の証言には、預金者が金融機関に預金するに際り当該預金をその取扱金融機関から借受けることの了解を得て居る者と事前に談合し、その金融機関から借受くべき者より預金者に対し裏日歩を支払うこととなつて居る場合には、運用方法の特定した金銭信託と見るべきであるとの供述があり、被告の主張もこの線に沿うものと思われるが、この様に解することができれば金融機関は当該預金の貸付に伴う危険は少しもこれを負担せず、貸付による利益のみを受けると言う金融機関にとつて労せずして利を収めることができる有利なことになるわけであるが、訴外朝日信託銀行株式会社の用いる特定金銭信託証書であることについて当事者間に争のない乙第十一号証の一によつても明らかなように特定金銭信託に於ては運用方法の特定は当該信託契約の内容となり、金融機関は信託者に対し、その運用方法に従う義務を負うものであるところ、本件に於ては被告が何人か特定された者に対して本件預金を貸付ける義務を、預金者公団に対しては勿論、現実に預金預入の衝に当つた青野に対しても負担したことを認めるに足る証拠は一つもないばかりか却つて証人八木松之助の証言の一部、証人青野勘一の証言並に甲第六号証を綜合すれば、本件預金預入当時、青野としては当初訴外日進ベニヤ株式会社に対し預入資金が貸出されることを期待して預入れたものであるが、被告銀行の荻窪支店長代理兼貸付係をして居た鐙谷は予ねて訴外ハタノ株式会社に対し貸付けて居た資金が回収困難で所謂焦付状態となつて居る折柄被告銀行本店へ転勤を命ぜられた関係上右貸付の跡始末につき焦慮して居たので、その貸付資金回収方法として、青野の預入れた資金をハタノ株式会社に貸出し、右貸出によつて決済を了するに至つたもので、被告銀行としては特に青野に対する関係に於ても預入資金の貸出について法律的制約を受けて居たものではなかつたことが認められる。さすれば右貸出につき、貸出先について預金預入人との間に於て法律的制約を受けて居た事実の存在を前提とする被告の見解の採るべからざるものであることは明らかであり、この点に関する被告の主張も採るに足らない。

以上の通りであつて本件預金の預金者は公団であり、本件預金債権は依然として存在するものである。処で本件預金の預入期間は定められて居るのであるが、その預金者の氏名、住所は被告に対しても秘匿されて居るので本件預金債権は取立債権と解するのが相当である。従つて本件預金預入期間経過後に於ては、本件預金の預金者である公団が被告に対し、甲第一号証の本件預金証書を提出し成立に争のない乙第一号証の三によつて、本件預金について被告に届出でられた印章と認められる印章を使用して本件預金の払戻を求めた時に於て被告は直ちに本件預金及び約定利息金を支払うべきものであることは明白である。ところが公団が昭和二十四年八月十五日右の如き方法によつて被告に対し本件預金の払戻を求めた事実を認むべき証拠はない。けれども本件訴状が昭和二十五年五月三十一日被告に送達されたことは当裁判所に明白なところであり、本件訴状には本件預金の払戻を請求する旨の記載があり、又甲第一号証、検証の結果乙第一号証の三に顕出されて居る印影がこれによつて押捺されたものと認められる検甲第一、二号証が本件訴訟手続に於て提出された当時公団代理人の掌中にあつたことからして、提出当時他から一時これらのものを借用したと言う様な特段の事実の認められる証拠のない本件に於ては公団が本件預金の預金証書と届出印章とを所持して居たものであることは明らかであるから訴状送達の時、即ち昭和二十五年五月三十一日適法な本件預金払戻の請求があつたものと見ることができる。ところで本件預金預入期間経過後同日までの間の利息については、その利率について特段の主張立証のない本件に於ては、本件預金の約定利率年三分八厘の割合によるものと解するを相当とする。(甲第一号証裏面記載の規程第一項後段の定めは右の通りに判断するの外はない。)而して被告は銀行業を営む株式会社であるから、被告は本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和二十五年六月一日より本件預金支払済に至る迄、その預金一千万円に対する商法所定の年六分の遅延損害金を支払うべきものであるが、公団がすでに解散し清算を了り、昭和二十六年十二月十六日本件預金債権につき、昭和二十六年政令第八十八号価格調整公団解散令(昭和二十六年政令第二百八十号を以て一部改正)第十二条第二項に基く大蔵大臣の許可があつたことは当事者間に争がないから同条同項により右債権は原告国に帰属するに至つたものと認められる。従つて被告は原告に対し、本件預金一千万円及び之に対する昭和二十四年五月十四日より昭和二十五年五月三十一日までの年三分八厘の利息金並に昭和二十五年六月一日から右完済まで年六分の遅延損害金を支払うべきものである。

よつて原告の本訴請求中右の部分は正当としてこれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書を適用して全部被告の負担とし、仮執行の宣言についてはこれを附する必要はないものと認め、その申立を棄却することとして主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 北村良一 山田尚)

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